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'08/08/21: 医療での不運とミスの狭間

 医療事故、一言でこういわれるものがある。医療というのは一定の確率で不幸が生じる。その不幸が、不運な医療事故なのか、避けられた医療ミスなのか。ここにはいつも難しい判断がある。

 産婦人科での医療行為で、検察がひとつ立件をしていた。出産後に胎盤がはがれないため、医師が通常の治療のように胎盤を切り取ったら出血を起こし、最終的に子宮ごと切除することとなり、しかしながら患者は亡くなってしまったという事件だ。

 検察は初めから子宮を切除していれば亡くならなかったという主張だったという。しかし、それは違う。だからこそ9割9分立件したら有罪になるといわれる刑事裁判で、検察は敗訴したのだろう。

 この事例のように、胎盤が取れなかったとき毎回子宮を切除されることを望む患者がどれだけいるだろう。そんな治療が一般化していたら、命が助かる確率を上げるかもしれないが、代わりに子どもが確実につくれなくなることでの医療訴訟が増えるのではないか。

 通常なら自然に取れる胎盤を切り取ることと、通常なら切除されない子宮を切除することをはかりにかけることに、本質的な疑問が残る。乳がんで乳房を取るかどうかですら賛否両論おきるのに、胎盤が取れなかっただけで子宮を切除というのは暴論だろう。

 医療には事故がつきものだ。万全を期しても、一定の確率で失敗する。全力を尽くしても助からない命はある。

 ぼくの母はガンで15年前に亡くなった。ガンが発見される半年前にがん検診を受けていた。しかし、見つかってはいなかった。不運、とは言われる。けれど専門家と会話していると、がん検診は見つけるつもりで、あると思って探さない限り、見つけるのは難しいという。多分これも事実だろう。

 たぶん、この狭間に「運命」があるのだと思う。医療は万能の妙薬じゃない。人が行う行為だ。明らかなミスならばわかるが、適切と思われる医療行為、運悪く亡くなったものを犯罪とするようなことは良くないと思う。技術を信仰してはいけない。

 検察は、控訴しないでほしい。心から、そう思う。

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